7年分の距離感
7年ぶりに兄さんと再会して僕は考え方が甘い兄さんに嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
それだけではない。
“守る強さ”が欲しいと騎士学校に入り、7年もの間1度も家に帰ることもなかった兄さんに苛立ちを抑え切れなかった。
でも、兄さんと一緒に旅をするようになって僕はあることに気付かされた。
***
「もう…。
アスベルはケガが多過ぎるわ。
もう少し考えて戦ってくれないといつか大怪我するわよ?」
「ごめん、シェリア…。
気をつけるよ。」
戦闘が終わり、ケガをしたアスベルはシェリアに治癒術をかけてもらっていた。
ヒューバートはそれを見つめながら、アスベルは無駄な動きが多すぎるからケガをするのだと思っていた。
ケガをする回数が他のメンバーよりも明らかに多い足手まといにしかならない兄とこれからも旅を共にしなければならないのだと考えたヒューバートは先行きが不安になり、ため息をこぼした。
「――ヒューバート!!
危ないッ!!!」
考えに耽っていたヒューバートはアスベルの声にパッと顔をあげた。
「兄…さん…?」
「無事…か?
ヒュー…バート…?」
「…兄さん……?一体…?」
冷や汗をかきながら、ヒューバートに無事かどうかを問いかけたアスベル。
状況がまるで理解出来ていなかったヒューバートは困惑していた。
「アスベルッ!!」
「まだ息があったか…!」
慌てるシェリアたち。
そして…アスベルの体がぐらりと傾き…、ヒューバートの方に倒れてきた。
自分の方に倒れてきたアスベルを必然的に受け止める形になったヒューバートは同時にぬるっとした何かに触れた。
それがアスベルの血だと理解するのに少し時間がかかった。
「兄さん…!兄さん…ッ!!
あなたは…何をしてるんですか!?」
「…ひゅー…ば…と…。
ケガ…ない…か?」
「僕の心配をしてる場合ですか!?」
「どいて、ヒューバート!!
治癒術をかけるわ!」
出血し、ぐったりするアスベルを見たヒューバートは彼らしくもなく、取り乱した。
さきほどの戦闘で倒したと思っていた魔物にまだ息があり、近くにいたヒューバートに襲い掛かってきた。
アスベルはその攻撃から身を挺してヒューバートを守った。
その傷は深く、すでにアスベルの意識はなかった。
「兄さん…バカですよ…。
いつも無駄な動きが多い兄さんが僕なんか庇うからこんなことに…」
「ヒューバート、それは違うよ。」
治癒術をかけ終わり、意識のないアスベルを連れて先に進むことは出来ないと判断した一行はその場で一晩を明かすことにした。
青白い顔で横たわるアスベルに向かってぽつりと呟いたヒューバートの言葉を聞いたソフィは首を横に振りながらそれを否定した。
その言葉の意味がわからず、ヒューバートは訝しげにソフィを見つめた。
固く目を閉じたままのアスベルにソフィは視線を向けたまま口を開いた。
「アスベルは…、みんなを守るためにケガをしてたんだよ。」
「…?」
「ソフィ、それって…どういう意味?」
アスベルを心配そうに見つめながら発したソフィの言葉に首を傾げているヒューバートの隣にいたシェリアは深い意味を問いかけた。
「…アスベルは、強力な魔物を優先して倒していた。
俺もすぐにそれに気付いてアスベルに何故強い魔物を一気に相手にしていたのか聞いたんだが…。
アスベルは力をつけたいのだと言い張っていた…。
だが、恐らく真意は違うところにある。
…自分の身を危険にさらしてでも仲間を守るためにただ、必死だったんだろう。
学校にいた時も他人を守るために自分の身を危険に晒すことなど日常茶飯事だったからな。」
「そんな…、アスベル…。」
「俺は過去にお前たちに何があったのか詳しくは知らない。
だが、昔、アスベルはよく俺に言っていた。
“大切なものを守れる強さがほしい”
と。
大切なもの…。
それは…きっとヒューバートやシェリア、ソフィ…。
お前たちのことを言っていたんだろう。」
「…兄さん…。」
マリクの話を聞いてヒューバートは自分がアスベルに対して抱いていた負の念ががゆっくりと溶けていくように感じた。
アスベルは甘い考えで騎士学校に入ったわけではない。
大切なものを守るためには強さが必要だと考えて…必死に努力していただけだった。
領主の息子として、その行動は決して褒められたものではない。
だが、アスベルにとってソフィが亡くなってしまったあの出来事は深く心に根付いて離れずにいるのだろう。
あの出来事がアスベルにとって強い負い目であり、守るために自分の命でさえも簡単に投げ出す今のアスベルを作り出してしまった。
それに気付くことが出来ず、足手まといだと決めつけてアスベルを見ていた自分の視野の狭さを痛感したヒューバートは悔しさから拳を強く握りしめた。
「兄さん…。
本当にあなたは変わりませんね…。」
ひたむきでまっすぐなところはアスベルの長所であり、短所でもある。
そして、一度言ったら聞かないところがあるアスベルに何を言っても素直に聞かないだろう。
それなら、無茶をするアスベルを自分の手で守ってみせる。
ヒューバートは意識のないアスベルの顔を見つめながら強く思った。
アスベルが大切な人を守るために戦うなら、自分はアスベルを守るために戦う。
頑なだったヒューバートは新たな決意を胸に秘めたのだった。
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